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昔の遊びそのJ 勉強と遊びは分けられない

ちょっと、えらそうなことかも知れませんが。

「教育基本法」を変えようと、進められているが、戦後、制定され、権力による押し付けの教育をやめ、現場の先生により豊かな子どもを育て、文化的な日本をつくろうと決められている。

 この教育基本法と遊びや学校での勉強との関わりから、僕は良き子ども時代をすごしたと思います。遊びの中から、色んなことを学び、勉強か、遊びか、仕事か、分けることが容易にできません。
小学生の頃、地図を見るのが好きで、兄の日本地図、世界地図を見て地名を探していました。
日本で一番大きな県は?、一番高い山は富士山だが2番目はなんというのか、四国の次に大きな島は?、どこにあるのかと捜し、地図の上で調べる。
また、「アメリカはビキニ環礁で水爆実験をした」と報道があれば、どこにあるかと探す。
「フランスもクリスマス島で水爆実験」と聞くや探す。
変わった名前だな、何んでこんな島で実験をするのか、ここに住む人は真っ黒な土人(このように教わったので差別用語と思いますが)どうしているのか。
自分の国で実験をなぜしないのか。
叔父が海軍で死んだのはフィリッピン近海のクラーク島、一生懸命に捜しても見つからなかった。こんな地図遊びは誰からも押し付けられることもない、楽しみでした。
 ある時、先生が算数で相似形の授業。三角定規を使い木の高さを測ることを絵に描いて教えてくれた。
その後、校庭に出て45.度の二等辺三角形、30,60度の直角三角形を使い、大きなポプラの高さをみんなで測った。
僕は家でも、自分ひとりであの木、隣の家の高さを測り、算数の楽しさを味わった。

最近読んでいて面白かった「4千万歩の男」・井上ひさし書の本。伊能忠敬が日本地図を作った時の実話であるが、江戸時代に同じような図形が測量の中で生かされていた。
 また、算数では答えを出すまでにどのように考えたか過程を大事にし、例え答えが違っていても先生は半分の点をくれた。
更に、各々の発想を授業でもみんなに紹介した。そして、子ども達は自信を付けて物事を広く考えるように育ったっていった。
 中学生、夏休みの自由研究、太陽の動きと影の長さの関係を時間単位でグラフに書くこととした。垂直に棒を立てること、水平状態に平面を保つことなど工夫を凝らし、1日がかりで測ったが、グラフの形は予想も出来なかった。
どんなグラフになったかはっきりできなかったが、後になって一定の関数になることを知った。
 理科では動物の解剖や植物の受粉など遊びの中で行なったことは今までにも書きました。
 今、僕のような遊びをしながら、学習をする子どもはいないのではなかろうか。
子どもも、親も、他人との競争教育にさらされ、一歩でも勉強で遅れないように必死です。
更に他人と比べ出来ないことがあったり、ひとつ間違いを起こせば先生が槍だまに挙げられ、事件でも起こすようなら大変なこと。
元高校のある先生が生徒の川柳を紹介した。内容は「目覚ましの音がやかましい、休んだれ」なんとユニークで幅広く、子どもの気持ちをよくとらえていると思った。子どもにも一服する時が必要なのです。

先日、名も知らない3,4年生の女の子が一輪車を持っているのを見つけた。
僕は「一度、乗って見せて!」と声をかけると、もの静かに乗ってくれた。「おじさんはなにも出来へんけど、すごいな」と言ったら、一番大きな子がその場で止って一輪車に乗る「アイドリング」を見せてくれた。
車のアイドリングと同じと説明をしたら、小さな子2人が手をつなぎ一輪車でくるくると回る。 更に2人が入り4人でぐるぐると回ってくれた。4人メリーゴーランドというのだそうです。
「大人を見たら不審者」と呼ばれる残念なこの頃ですが、いいところは褒めてあげることが大事と考えさせられました。
私は良き時代に育ったと思うのは良き先生や良き人々に恵まれたことです。
教育とは他人との競争ではなく、自分としてどれだけ大きく成長したかとしたものと思う。
現在の教育基本法があったからこそ、先生も子どもと一緒に学び、押し付けの教育をするのではなく、子どもの成長を後ろからそっと押してもらったようです。
僕は先生に寄り添い、学ぶことができ、豊かな自分ができたことに満足しています。
今の子どもたちを育てるのに何か手助けができればと思っています。

2006.10.25記
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